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救急隊の着衣裁断ガイド|適切な判断と手順による救命活動

目次



導入ストーリー

午後11時、雨の夜。車と歩行者の衝突事故現場で、40代女性が厚手のコートを着たまま路上に倒れていた。隊員A は重篤な重症外傷を疑ったが・・・。

衣服を着ることにためらう救急隊員も多いと思います。

適切な観察のためには着衣裁断が必要だが、患者の尊厳への配慮も重要です。

「適切な判断」と「救命」を両立させるために。

本記事は、救急現場で “迷わず、しかし無闇に切らない” を実現するための記事です。


着衣裁断が必要な医学的場面

主要な3つのシチュエーション

シチュエーション医学的目的具体例緊急度
① 初期観察生命に関わる所見の見落とし防止胸腹部の変形・開放創・挫滅創の確認
② 緊急止血切迫する大量出血の制御四肢動脈性出血・穿通創・裂傷最高
③ 循環除圧圧迫による循環障害の解除コンパートメント症候群・緊縛状態

根拠


JPTEC基準による重症度評価フロー

本稿は『JPTECガイドブック 改訂第2版補訂版』(へるす出版, 2020年1月発行)に準拠

標準的評価の3段階


【第1段階】生理学的評価
├ 意識レベル(JCS/GCS)
├ 呼吸状態(回数・深度・SpO₂)
├ 循環状態(脈拍・血圧・外出血)
└ → 衣服で観察困難 = 裁断検討

【第2段階】解剖学的評価  
├ 頭頸部 → 胸部 → 腹部 → 骨盤 → 四肢
├ 視診・触診・聴診の系統的実施
└ → 重要部位が確認不能 = 裁断実施

【第3段階】受傷機転評価
├ 高エネルギー機転の判定
├ 多発外傷の可能性評価
└ → 潜在的重篤性 = 予防的裁断

判断基準: 生理学的+解剖学的評価の妥当性確保が最優先事項


4ステップ実施手順

STEP 1|説明(Communication)

患者への説明例:

  • 「安全確認と出血・骨折の有無を調べるため、衣服を切らせていただきます」
  • 「お体の状態を正確に把握するために必要な処置です」

家族への対応:

  • 同乗家族には同時に説明し理解を求める
  • 可能であれば家族から患者への声かけを依頼

STEP 2|同意(Consent)

同意確認の方法:

  • ✅ うなずき・手のサイン・口頭での確認
  • ✅ 意識レベル低下時は家族からの代理同意
  • ✅ 緊急時は 救命優先の医学的判断 を隊員間で共有

同意が困難な場合:

  • 意識障害・精神的混乱状態
  • 言語的コミュニケーション困難
  • 緊急避難的医療行為 として実施可能

STEP 3|実施(Cutting)

効率的な裁断順序:

  1. 上衣: 袖口→肩→体幹中央(一直線)
  2. 下衣: 外側縫い目に沿って股下まで
  3. 下着: 必要最小限の露出で確認

プライバシー保護:

  • バスタオル・ブランケットによる即座の遮蔽
  • 救急車内への速やかな収容
  • 不必要な露出の回避

物品管理:

  • 切断した衣服は貴重品と分離
  • 防水バッグに収納し家族に引き渡し
  • 紛失防止のためのタグ付け

STEP 4|記録(Documentation)

活動記録票への必須記載事項:

  • 医学的必要性: 何を確認するために実施したか
  • 代替手段の検討: 他の方法を試したか
  • 同意の取得状況: どのように同意を得たか
  • 観察所見: 裁断により発見した外傷・異常

記録例:

「腹部外傷疑いによる観察目的で着衣裁断実施。患者本人の口頭同意あり。右季肋部に打撲痕を確認。」


同意が得られない場合の対応

段階的アプローチ

レベル1: 部分的対応

  • 衣服の持ち上げ・まくり上げによる局所確認
  • 襟元・袖口・裾部分のみの小範囲裁断
  • ボタン・ファスナーの開放による非破壊的アクセス

レベル2: 限定的裁断

  • 必要部位のみの選択的裁断
  • サーマルブランケットで囲いながらの段階的露出
  • 患者の羞恥心に最大限配慮した手順

レベル3: 全面裁断(隊長判断)

実施条件:

  • 生命に直結する重篤所見の強い疑い
  • 他の方法では確認不可能
  • 医学的利益が患者の不利益を明らかに上回る

判断根拠の明確化: 隊長は以下を隊員と共有し、判断根拠を明確にする

  • 現在の生理学的指標の異常度
  • 受傷機転から推測される損傷の重篤性
  • 時間的制約の切迫度

法的リスクと防衛策

国家賠償法上の責任要件

要件内容着衣裁断での該当性
公務員の行為救急隊員の職務行為✅ 該当
職務関連性救急業務の範囲内✅ 通常該当
故意・過失注意義務違反の有無⚠️ 争点となりうる
違法性権利侵害の不当性⚠️ 争点となりうる
損害発生精神的・財産的損害△ 立証が必要
因果関係行為と損害の関連性△ 個別判断

違法と判断される主なパターン

❌ 高リスク行為

  • 医学的必要性の欠如: 軽微な外傷での過度な裁断
  • 説明義務の重大な懈怠: 一切の説明なしでの実施
  • 代替手段の検討不足: 他の方法を試さずに即座に裁断
  • プライバシー配慮の欠如: 不要な露出・第三者の視線

救急活動に係る国家賠償請求訴訟が増加傾向にあり、実務上の訴訟リスクは年々高まっている。

✅ 適法性を支える要素

  • JPTEC/MCプロトコール準拠: 標準的手順に従った実施
  • 医学的合理性: 客観的に必要と認められる状況
  • 説明と同意の努力: 可能な範囲での患者・家族への配慮
  • 詳細な記録: 判断過程の透明性確保

適正な医学的判断に基づく着衣裁断については、手続きの適正性が重要な判断要素となる。

防衛のための証拠保全

事前準備:

  • プロトコール遵守の研修記録
  • 隊員の技能認定証明
  • 標準的手順書の整備

事後対応:

  • 活動記録票の詳細記載
  • 写真撮影(医学的必要性がある場合)
  • 目撃者・同乗者の証言記録

よくある質問(FAQ)

Q1: 女性傷病者で同性隊員がいない場合の対応は?

A: 以下の手順で対応します:

  • プライバシーシート・ブランケットで完全に視線を遮蔽
  • 救急車内への速やかな搬入後に裁断実施
  • 最小限の露出で必要部位のみ確認
  • 可能であれば女性消防職員・看護師の応援要請

Q2: 衣服の弁償を求められた場合は?

A: 組織的対応が原則です:

  • 活動記録票を基に上司へ即座に報告
  • 自治体の法務担当部署または保険担当課へ相談
  • 適正な医学的判断に基づく裁断であれば賠償責任を負わない場合が多い
  • 個人的な約束や支払いは避け、組織判断を待つ

Q3: 患者が外国人で言語が通じない場合は?

A: 非言語的コミュニケーションを活用:

  • 身振り手振りと簡単な英語での説明
  • 翻訳アプリの活用(可能であれば)
  • 家族・友人がいる場合は通訳を依頼
  • 緊急度が高い場合は生命優先で実施し、後日説明

Q4: 高価な衣服(スーツ・着物等)の場合の配慮は?

A: 医学的必要性が最優先ですが:

  • 可能な範囲で縫い目・継ぎ目を避けた裁断
  • 修復可能性を考慮した最小限の切開
  • 衣服の価値についても活動記録票に記載
  • 家族への十分な説明と理解促進

Q5: 小児・高齢者で特別な配慮は必要?

A: 年齢に応じた配慮が重要:

  • 小児: 保護者の同意優先、恐怖心への配慮
  • 高齢者: 皮膚の脆弱性を考慮した愛護的操作
  • 両者とも体温保持により注意を払う

実践チェックリスト

🔲 事前確認項目

  • [ ] 裁断用ハサミ(外傷用シザー)の準備確認
  • [ ] プライバシー保護用品(タオル・ブランケット)の準備
  • [ ] 活動記録票・筆記用具の携行確認

🔲 現場での確認項目

  • [ ] 説明: 患者・家族への目的説明完了
  • [ ] 同意: 可能な範囲での同意取得努力
  • [ ] 準備: プライバシー保護体制の整備
  • [ ] 実施: 最小限かつ効率的な裁断
  • [ ] 保護: 即座の露出部位遮蔽
  • [ ] 管理: 切断衣服の適切な保管

🔲 事後確認項目

  • [ ] 記録: 活動記録票への詳細記載
  • [ ] 引継: 医療機関への情報伝達
  • [ ] 報告: 必要に応じた上司・組織への報告

まとめ|”説明・同意・実施・記録”の4本柱

成功する着衣裁断の原則

  1. 説明 (Communication): 目的を端的に伝え、患者・家族の信頼を獲得
  2. 同意 (Consent): 可能な限りの同意取得、困難時は救命優先判断の共有
  3. 実施 (Cutting): JPTEC基準に基づく迅速・確実・最小限の露出
  4. 記録 (Documentation): 後日の検証に耐えうる詳細で客観的な記録

心に刻むべき原則

「適切な判断こそが、救命と患者の尊厳を両立させる。」

現場で「切るべきか?」と迷った時は:

  1. 医学的必要性を客観的に評価
  2. 代替手段の可能性を瞬時に検討
  3. 4ステップ手順に従った実施
  4. 詳細な記録による透明性確保

患者の生命と尊厳、両方を守る技術と判断力こそが、プロフェッショナルな救急隊員の真価です。


関連リンク・参考資料

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公式資料・参考文献

※ 本ガイドは一般的な指針であり、具体的事例では所属組織の規程・上司の指示に従ってください。

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救命士から民間救急への挑戦ストーリー 40代、2児の父。 約20年間、救命士として現場の最前線で活動してきました。 持病の悪化で現役続行を断念。民間救急開業への経過や現役救命士のサポート情報を発信していきます。