
【要記入:筆者表記】例)筆者は元救急隊長です。本記事は個人の見解です。
なぜ救急隊の靴をそろえない方がいいのか
普段なら、来客の靴をそろえるのは気遣いです。ところが救急現場では、きれいに見えることより、すぐに履いて外へ出られることが優先されます。
金沢市消防局の説明によると、救急隊は役割によって靴の向きを決めており、隊員それぞれが自分の靴を履きやすい位置に置いています。家から運び出すときの隊形を想定したうえで脱いでいるため、そのままなら自分の靴を探さずに履いて出られます。
Instagram 金沢市消防局 引用
搬出のとき、隊員は担架やストレッチャーを保持したまま玄関に戻ってきます。一見バラバラでも、それが「戻ってきた位置で、そのまま足を入れられる配置」です。
そろえられると、現場では何が起きるか
金沢市消防局が報道取材に答えた内容をまとめると、次のとおりです。
- 靴を探す・履き直す動作が増え、体感で30秒ほど時間をロスする
- いったん傷病者から手を離し、床に置いてから靴を元の配置に戻して履くことがある
- その間の揺れや動きで、酸素マスクやAEDパッドが外れる危険や、嘔吐を誘発するおそれがある
- 靴をそろえてくれる家庭は、出動10件のうち1〜2件ほどある
つまり、そろえてくださる方の多くは善意です。だからこそ消防局は、SNSで「そのままで大丈夫」と知ってもらうことを選んだわけです。
全国どこでも同じルール?
金沢市消防局の担当者は、これは全国統一のルールではないとしつつ、救急・消防の現場では常識として共有されていると話しています。消防本部や隊によって靴の置き方は違いますが、「救急隊の靴には触らない」と覚えておけば、どの地域でも困ることはありません。
靴をそろえるより、準備してもらえると助かること
「何かしなければ」と思ったら、次のものを用意してください。ただし、傷病者のそばを離れる必要はありません。応急手当や見守りが最優先です。
1.お薬手帳・普段飲んでいる薬
飲んでいる薬から、持病や今回の症状との関係が見えてきます。搬送先の選定や、病院への情報伝達にも使います。
2.マイナ保険証(カード)
「マイナ救急」は2025年10月1日から全国で実施されており、2026年度は約99%の消防本部が対応しています。救急隊がマイナ保険証を読み取り、本人の同意を得たうえで、過去の受診歴や薬剤情報などを確認し、搬送先の選定や処置に活用します。119番通報の時点で、指令員から準備をお願いされることもあります。
注意点:スマートフォンに搭載したマイナ保険証は、本人の生体認証や暗証番号入力が必要なため、意識がない状態では使えません。スマホ搭載済みの方も、カードのマイナ保険証を用意しておくのが確実です。
3.診察券
通院先がすぐにわかる手掛かりになります。
4.最低限の外出準備と、通り道の確保
余裕があれば、本人の履物・上着・眼鏡や補聴器、付き添う方の身の回り品を。玄関から部屋までの通り道に物があれば、安全にできる範囲で寄せておくと搬出がスムーズです。

物より大事な「情報」──救急隊が知りたいこと
救急隊は現場で、本人やご家族から、かかりつけの病院や飲んでいる薬などを聞き取っています。特に知りたいのは次の5つです。
- 最後に普段どおりだったのはいつか
- 何が、どのように起きたか
- 普段の病気(持病)
- 飲んでいる薬
- かかりつけの病院
とくに1つ目が重要です。「朝から調子が悪い」より、次のような伝え方のほうがはるかに役立ちます。
朝8時までは普通に話していました。9時ごろから右手が動きにくくなって、9時半には言葉がおかしくなりました。高血圧で○○病院に通っていて、この薬を飲んでいます。
脳卒中などでは、発症からの時間で受けられる治療が変わります。慌てていて当然なので、思い出せる範囲で大丈夫です。
希望の病院は伝えてOK。ただし、必ず行けるとは限りません
「いつもの○○病院がいい」という希望は、遠慮なく伝えてください。通院先には持病や治療歴の情報があり、搬送先を考えるうえで大切な材料になります。
一方で、救急搬送の病院選びにはルールがあります。消防法に基づき、各都道府県が「傷病者の搬送及び受入れの実施に関する基準」を定めており、消防機関はこれを守って搬送することになっています。その基本は、観察の結果から、その傷病者に適した医療機関を絞り、その中で搬送時間が最も短い病院を選ぶこと。かかりつけ病院は、状況に応じて考慮されます。
そのため、次のような場合は、かかりつけ以外の病院へ搬送することがあります。
- 今回の病気やけがに、かかりつけ病院では対応できない(専門科がない、より高度な治療が必要)
- 担当科の医師が不在、ベッドが満床、手術中などで受入れができない
- 一刻を争う状態で、より近い対応可能な病院へ向かうべき
救急隊は搬送前に病院へ連絡し、受入れの了解を得てから出発します。「希望は伝えられる。でも、今の状態に合った病院が優先される」と覚えておいてください。希望を伝えるときは、「なぜその病院なのか」(例:心臓の病気で通院中)を添えると、判断材料として役立ちます。
よくある質問
Q. もう靴をそろえてしまったら?
気にしなくて大丈夫です。隊員が対応します。気づいた時点で、それ以上動かさずにおいてください。
Q. マイナ保険証をスマホにしか入れていません
本人が操作できればスマホでもマイナ救急を利用できますが、意識がない場合は使えません。カードも手元に置いておくのがおすすめです。
Q. かかりつけ病院に必ず運んでもらえますか?
必ずではありません。病状に対応できるか、受入れが可能か、搬送時間などを踏まえて決めます。希望は理由とあわせて伝えてください。
まとめ
救急隊が来たときに家族にお願いしたいことは、意外とシンプルです。
- 靴は触らない
- お薬手帳・マイナ保険証(カード)・診察券を用意する
- 「最後に普段どおりだったのはいつか」を伝える
- 希望の病院は理由とあわせて伝える
普段のマナーと、救急現場で助かる行動が一致しないことがあります。「靴はそのまま」は、その代表例です。
出典・参考資料
- 金沢市消防局 公式Instagram(2026年8月投稿)
- ※「救急隊員が脱いだ靴はそのままに」と呼びかけた投稿。投稿単体URLは公開前に公式アカウント内で再確認してください。
- TBS NEWS DIG(2026年8月26日)「親切心が裏目に…『救急隊員が脱いだ靴はそのままに!』金沢市消防局がSNSでお願い」
- ABEMA TIMES「『バラバラに置かれた救急隊員の靴』実はあえてやっている?」
- 総務省消防庁「あなたの命を守る『マイナ救急』」
- 総務省消防庁「救急・救助(レスキュー)に関する質問」
- 総務省消防庁「傷病者の搬送及び受入れの実施基準等に関する検討会 報告書」(平成21年10月)
- e-Gov法令検索「消防法」第35条の5・第35条の7

